設計の考え方|模型と手描きを手放さない理由

模型と手描きを、まだ手放さない理由——生成AIパース時代の建築プレゼンテーション

生成AIパースは検討の速度を確実に変えました。それでも設計事務所が模型と手描きスケッチを手放さないのは、それらが「伝える道具」である前に「考える道具」であり、施主との対話を引き出す装置だからです。三つの表現の役割分担と、実務での使い分けを整理します。

  • 生成AIパースは初期検討の速度を高めるが、寸法・法規・整合を担保するのは図面とBIMモデルであり、AI出力は検討材料として扱うのが実務の前提
  • 国土交通省は建築BIM推進会議のもとで標準ワークフローのガイドラインを第1版(令和2年3月)から第3版(令和8年3月)まで整備し、活用実態調査も3回実施している
  • BIM/CIM活用ガイドライン(案)では、3次元モデルによる可視化が関係者協議と合意形成の迅速化に資すると明記されており、模型の対話機能を裏づける
  • 手描きスケッチは「まだ決まっていない」余白があることで施主の発言を引き出し、検討プロセスの共有が信頼につながる
  • 手描き・AIパース・模型・BIMはフェーズごとに主役を替えるのが現実的で、表現に割く手間の配分もまた設計判断の一部

夕方の打ち合わせ室。テーブルの上には、白いスチレンボードの模型と、タブレットに映るフォトリアルなパース、そしてトレーシングペーパーに描かれた鉛筆の線が並んでいます。施主はまず画面の画像に目を奪われ、次に模型を手に取り、屋根を外して中を覗き込む。そして最後に、鉛筆の線を指さして「ここ、もう少し広くできますか」と言う。——プレゼンテーションの道具が増えた今も、対話が動き出す瞬間は、たいてい同じ場所にあります。この記事では、生成AIパースが実務に入り込んだ時代に、設計事務所が模型と手描きを残す理由と、三つの表現の役割分担を整理します。

生成AIパース時代の到来——速度と効率が急速に進化している

近年、手描きのラフや簡易な3Dモデルを読み込ませるだけで、フォトリアルなイメージを短時間で生成するツールが実務に入りはじめました。検討初期のボリュームスタディやマテリアルの当たりを取る作業は、以前より確実に速くなっています。

背景には、設計プロセス全体の3次元化があります。国土交通省は官民一体でBIM(建物の情報を3次元モデルとして扱う手法)の活用を進めており、建築BIM推進会議のページには「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン」が、第1版(令和2年3月)・第2版(令和4年3月)・第3版(令和8年3月)として掲載されています(検討段階の素案とは別の、確定版の公表年月です)。活用・普及状況の実態調査も、同ページに令和3年1月・令和4年12月・令和7年1月の3回分が掲載されています。

国土交通省 建築BIM標準ワークフローガイドラインの改定と実態調査の推移を示すフロー図
BIMガイドライン整備の歩み(出典: 国土交通省 建築BIM推進会議)

公共建築でも動きは早く、官庁営繕部は平成26年3月19日にBIMガイドラインを策定し、平成26年度から設計業務・工事へ適用しています。同省の報道発表資料では、内外観や納まりの可視化、干渉チェックといった技術的検討への活用が目的として挙げられています。一方、民間を含む普及状況については、建築分野におけるBIMの活用・普及状況の実態調査(令和7年1月 国土交通省調べ)で、所属企業のBIM導入状況は「導入している」58.7%、「導入していない」41.3%と報告されています。ただし調査対象は建築BIM推進会議に参加する13団体の会員であり、住宅設計の実務全般の平均値ではありません。3次元の可視化は、公共建築や組織的な設計実務を中心に広がりつつある段階と見るのが妥当です。

ただし、生成された画像はあくまで検討材料です。寸法や法規、構造の整合を担保するのは図面とBIMモデルであり、AIの出力をそのまま設計図として扱うことはできません。速度が上がったのは「考えの入口」であって、「決定」ではない——この線引きが実務では重要になります。

それでも模型を作り続ける理由——3次元だから伝わるものがある

模型は、遅くて、かさばって、作り直しに手間がかかります。それでも設計の現場で残り続けるのは、模型が画像とは異なる情報を持つからです。上から覗く、屋根を外す、目線を下げて庭側から見る。施主が自分の意思で視点を選べることが、画像との違いです。

3次元モデルによる可視化の効果は、行政文書のレベルでも整理されています。国土交通省のBIM/CIM活用ガイドライン(案)共通編では、可視化による関係者協議の迅速化、合意形成の迅速化が効果として明記されています。また3次元モデル表記標準(案)でも、合意形成の迅速化や品質向上が期待効果として整理されています。ただしこれらは主に土木・インフラ分野のBIM/CIMを対象とした、デジタルの3次元モデルについての整理であり、住宅設計における物理模型の効果を直接裏づけるものではありません。模型もまた、空間を3次元で共有する手段の一つとして、設計実務の側で選ばれてきた道具だと捉えるのが正確です。

設計者側にとっての意味もあります。実務者のあいだでは、模型は「施主に見せるための成果物」である以前に、自分が想定していた空間が本当に成立しているかを確認する装置だと語られます。頭の中で立ち上げた空間は、案外あいまいです。模型は、その曖昧さを可視化してくれます。

とくに都市部の狭小地や変形地では、模型の情報量が効く場面があります。隣地との距離、光の入る角度、階段まわりの抜け。軒の出と通風をどう設計判断するかといったテーマは、平面図よりも模型のほうが議論が進みやすいことがあります。

手描きスケッチが担う対話機能——施主の想像力を引き出す

手描きスケッチには、完成度が高くないことの利点があります。線が揺れていて、まだ決まりきっていない。そのぶん施主が「ここを変えたい」と言いやすくなる場合があります。逆に、仕上がった画像ほど「もう決まったもの」として受け取られ、意見が出にくくなることもあります。

スケッチは、設計者自身にとっても思考のプロセスそのものです。建築家はまず考えを手で「見える化」し、いきなり結論へ向かうのではなく、紙と対話するように細部を詰めていく——という見方は、建築論としてしばしば論じられてきました。紙とスケッチの普及が、自らのモチーフを描く主体としての建築家の誕生を助けたという歴史的な考察は、建築専門誌10+1「手で描くということ──建築家とドローイング」にも論じられています(査読論文ではなく、専門誌の論考です)。

打ち合わせの場で、その場で描かれた線には「まだ変えられる」という余白があります。余白は、施主が設計に参加するための入口です。

設計の現場では、検討途中のスケッチをあえて見せることがあります。完成予想図だけを提示するより、「いま、どこで迷っているか」を共有したほうが、議論が具体的になりやすい——これは統計的な調査結果ではなく、編集部の実務上の所感です。

たとえば細長い土地では、その弱点が魅力に変わる糸口が、完成パースではなく、その場で描かれた断面の一本の線から見つかることもあります。

実例:模型×AIパース×手描きの融合という戦略

三つを対立させる必要はありません。設計の現場では、フェーズごとに主役を入れ替えるのが現実的です。初期は手描きとAIで発想を広げ、基本設計では模型で空間を検証し、実施設計以降はBIMモデルとレンダリングで仕上げの精度を詰める。それぞれの得意分野が違うだけです。

建築模型・生成AIパース・手描きスケッチの役割と適した設計フェーズを比較した表
三つの表現手段の役割分担(出典: S/CAPE編集部(国土交通省 BIMガイドラインの活用目的を参照))

注意したいのは、AIパースの説得力の強さです。素材感や光が美しく描かれるほど、「もう決まったもの」として受け取られやすくなります。実務では、AI生成画像はイメージの共有材料であり、寸法・仕様の根拠ではないことを、その都度言葉で添えるようにしています。

コストの観点も無視できません。模型製作にも手描きにも時間という原価がかかります。建築費が上昇基調にあるなかで何に費用を配分するかを考えるとき、表現に割く手間も設計判断の一部です。すべての案を模型化するのではなく、判断が分かれる一点に集中させる——それが現実的な使い方になります。

設計事務所が手放さないべき「タッチの記憶」

模型を手に取った施主が、指で階段や開口部をなぞることがあります。手描きの線を見て、自分でも鉛筆を持って書き込みはじめる方もいます。身体を伴う体験は記憶に残りやすく、後の判断の拠り所になりやすいと考えられます。

設計事務所との家づくりでは、選択肢の多さそのものよりも、「決めていくプロセスをどれだけ細かく共有できるか」が重視される場面があります。決定の理由を施主自身が覚えていることは、暮らし始めてからの納得感につながりやすいと考えられます。手仕事の表現は、その記憶をつくる装置でもあります。

素材や形の選択でも同じことが起こります。アーチや曲線といった設計言語は、画像で見た印象と、模型で角度を変えて見た印象がしばしば異なります。実物で確かめる手続きを省かないことが、竣工後の違和感を減らします。

今後のプレゼンテーション——テクノロジーと手仕事の役割分担

方向としては、検証と整合はデジタルへ、対話と決断は手仕事へ、という分担が進むと考えられます。BIMが担う干渉チェックや可視化は、官庁営繕の取り組みが示すとおり技術的検討の領域です。一方、施主が自分の暮らしを想像し、言葉にする場面では、余白のある表現が働きます。

設計者に求められるのは、道具を増やすことではなく、いつどれを出すかの判断です。初回相談で完成度の高いパースを出しすぎると、対話が閉じてしまうことがあります。逆に、着工直前にスケッチだけでは不安が残ります。順序の設計そのものが、プレゼンテーションの設計です。

家づくりの進め方や表現の使い分けについて具体的に相談したい方は、無料相談で実際の模型やスケッチをご覧いただきながらお話しできます。

よくある質問

役割が異なるため、置き換えの関係にはなりにくいと考えられます。画像は設計者が選んだ一つの視点を高い密度で伝えますが、模型は施主が自分で視点を選び、上から覗いたり目線を下げたりできます。国土交通省のBIM/CIM活用ガイドライン(案)でも、3次元モデルによる可視化が関係者協議や合意形成の迅速化に資すると整理されており、立体で共有する行為自体に意味があるとされています。
実務では、アイデア共有やプレゼンテーションの材料として位置づけるのが一般的です。寸法・法規・構造・設備の整合を担保するのは図面とBIMモデルであり、官庁営繕のBIMガイドラインでも可視化や干渉チェックといった技術的検討への活用が目的として示されています。生成画像はあくまで入口として扱うのが安全です。
検討の途中経過が見えるという点でメリットがあります。完成予想図だけでは結論しか共有されませんが、スケッチには「まだ変えられる」余白があり、要望を伝えやすくなります。建築家がスケッチを通じて考えを見える化し、対話するように細部を詰めていくという設計研究の知見もあり、その過程に施主が参加できることが納得感につながります。

参考資料

  1. 国土交通省 建築:建築BIM推進会議
  2. 国土交通省 報道発表資料:「BIMガイドライン」の策定とその運用について
  3. 国土交通省 BIM/CIM活用ガイドライン(案)共通編
  4. 国土交通省「3次元モデル表記標準(案)」
  5. 10+1「手で描くということ──建築家とドローイング」
  6. 記録的猛暑を、住まいはどう凌いだか——竣工後の夏から読み解く、軒と通風という設計判断
  7. 建築費は上昇基調——資材・人手・性能基準という三つの要因を着工前にどう読むか
  8. アーチと曲線という設計言語——直線の間取りに、もう一段の温もりを
  9. 録音: E2Eテスト: 世田谷の家 初回相談 — S/CAPE 編集部
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