
地域を動かすのは、地縁ではなく、その土地への思い。
旧・渋谷区立富山臨海学園の再生プロジェクトから考える、地方創生と当事者意識 千葉県南房総市、岩井海岸。 都心から車で約80分。防風林を抜けた先に穏やかな海が広がるこの地域には、かつて民宿や保養所、自治体の臨海学園が数多く集まっていました。 その一角にあったのが、昭和53年に建築された渋谷区立富山臨海学園です。 敷地面積は7,780.33㎡。事務所棟、食堂、寄宿舎を備えた施設は、長年にわたり渋谷区の子どもたちが海辺で学び、過ごす場所として利用されてきました。 使われなくなったこの施設を再生し、渋谷と南房総をつなぐ新たな交流拠点をつくる。 その構想から始まったのが、「SHIP/SHIBUYA IWAI PARK」プロジェクトでした。
旧・渋谷区立富山臨海学園の再生プロジェクトから考える、地方創生と当事者意識
千葉県南房総市、岩井海岸。
都心から車で約80分。防風林を抜けた先に穏やかな海が広がるこの地域には、かつて民宿や保養所、自治体の臨海学園が数多く集まっていました。
その一角にあったのが、昭和53年に建築された渋谷区立富山臨海学園です。
敷地面積は7,780.33㎡。事務所棟、食堂、寄宿舎を備えた施設は、長年にわたり渋谷区の子どもたちが海辺で学び、過ごす場所として利用されてきました。
使われなくなったこの施設を再生し、渋谷と南房総をつなぐ新たな交流拠点をつくる。
その構想から始まったのが、「SHIP/SHIBUYA IWAI PARK」プロジェクトでした。
渋谷区の公募から始まった地域再生事業
事業のきっかけは、渋谷区による旧・富山臨海学園の利活用に関する公募です。
事業主および企画を担ったのは、牧野圭太氏が共同代表を務める株式会社DE。施設の運営は、牧野氏が立ち上げた南房企画株式会社が担当しました。
私は株式会社S・CAPE CONSULTINGの立場から、プロジェクトマネージャーとして参画しました。
既存建物の調査、設計チームとの調整、事業計画の整理に加え、渋谷区資産課や建築調整課との協議にも臨み、事業者、設計者、行政をつなぐ役割を担いました。
統括設計はアラキ+ササキアーキテクツ、設計はMARCH AND STOREが担当。
それぞれの専門性を重ねながら、使われなくなった施設に新たな価値を与えるための計画を進めました。
約7,800㎡の敷地に残された可能性
富山臨海学園には、広い敷地と複数の建物が残されていました。
項目 内容
敷地面積 7,780.33㎡
建築年 昭和53年〈1978年〉
事務所棟 1,351.66㎡
食堂 634.10㎡
寄宿舎 870.52㎡
主要3棟の延床面積合計 2,856.28㎡
事務所棟、食堂、寄宿舎に加え、屋外のグラウンドや海岸へのアクセスも含めれば、この場所には単一用途では捉えきれない可能性がありました。
旧寄宿舎をホテルやホステルに。教育棟の一部をカフェやコワーキングスペースに。食堂を、地域の食材を楽しみながら交流できる場所に。
撮影、企業研修、自然体験、ワーケーション、地域イベントなどを組み合わせることで、南房総に新しい人の流れを生み出すことを構想しました。
既存建物を残しながら、その使い方を更新する。
そこには、建築の再生と地域の再生を重ね合わせる可能性がありました。

渋谷と南房総をつなぐということ
渋谷には、多様な人材、企業、文化、創造性が集まっています。
一方、南房総には、海や山、地域の食、豊かな自然、土地に根付いた暮らしがあります。
それぞれが持つ魅力をつなぐことで、新しい交流と継続的な関係を生み出すことが、このプロジェクトの中心にありました。
子どもたちが自然に触れる。
企業が海辺で研修を行う。
クリエイターが撮影や制作の場として活用する。
地域の人と訪れた人が、カフェやイベントを通じて出会う。
旧臨海学園を、都市と地域をつなぐ入口として再生する計画でした。
2024年7月、設計業務を完了
プロジェクトは、構想だけで終わったわけではありません。
教育棟のカフェでは、厨房機器の配置、給排水、照明、電源計画、ファサードまで具体的な設計を行いました。
シャワー棟では、男女別のシャワー室、更衣室、トイレ、給湯・給排水設備を含む実施設計を進めました。
既存施設を生かしながら必要な機能を整え、シャワー棟の改修工事を完了。施設運営に必要な浄化槽も設置しました。
一連の設計業務は、2024年7月に完了しています。
撮影スタジオとの連携と、施設の運用
設計完了後は、撮影スタジオとの連携を進めながら、施設の一部を活用しました。
カフェやコワーキング、撮影、地域交流の場として運用し、使われなくなっていた施設に再び人が集まり始めました。
都市から訪れる人と、地域で暮らす人が同じ場所で時間を過ごす。
旧臨海学園は、地域再生の拠点として、新しい役割を持ち始めていました。
2025年10月、事業撤退
一方で、約7,800㎡の敷地と主要3棟を含む施設全体を再生するには、大規模な改修費用と継続的な運営資金が必要でした。
想定していた大型補助金や大型融資を受けることができず、事業全体を当初の計画どおり進めることが困難になりました。
シャワー棟の改修と浄化槽の設置を終え、カフェやコワーキングなど一部施設の運用も始まっていましたが、渋谷区との間で求められていた施設全体の運用開始期日には間に合いませんでした。
その結果、2025年10月、旧・富山臨海学園での事業から撤退しました。
既存建物の活用、資金調達、行政との協議、事業期間、運営体制。
これらを同時に成立させることの難しさを、プロジェクトマネージャーとして痛感する経験でした。
地元の人間ではない自分たちに、何ができるのか
このプロジェクトを通して、私の中に残った問いがあります。
地元の人間ではないプレイヤーが、その土地のために、どこまで思いをつなげられるのか。
どこまで熱量を持ち続けられるのか。
地方創生や地域再生には、資金や事業計画が欠かせません。
しかし、それだけでは地域との信頼関係は生まれません。
その土地の課題を自分自身の問題として捉えられるか。
地域に暮らす人の声を聞き、文化や歴史を理解しようとできるか。
簡単に結果が出ない状況でも、関わり続けることができるか。
出身地や地縁の有無よりも、その地域に対する課題意識と、当事者として向き合う姿勢が問われます。
東京で生まれ育った人間でも、地方の再生に貢献することはできます。
ただし、その土地との距離を埋めるものは、資金や肩書だけではありません。
時間をかけて人と出会い、その場所の未来を自分自身のこととして考える。
その積み重ねが、地域と関わるための出発点になるのだと思います。
事業が終わっても、地域への思いは続く
旧・富山臨海学園での事業は終了しましたが、牧野氏の南房総での取り組みは続いています。
南房企画を通じて地域の可能性を発信しながら、別の旧保養所を再生した新たなSHIPを拠点に、人と地域をつなぐ活動を展開しています。
一つの事業が撤退という結果を迎えても、その土地との関係まで終わらせない。
南房総に向き合い続け、長い年月をかけて地域とのつながりを育てている牧野氏の姿勢には、率直に頭が下がります。
富山臨海学園の再生は、当初描いた形では実現しませんでした。
それでも、この経験から学んだことがあります。
地域を動かす最後の力は、事業計画に並ぶ数字だけではありません。
その土地の課題を知り、人との関係を育て、時間をかけて向き合い続けること。
地方創生と地域再生に必要なのは、地縁の有無ではなく、その土地を思い続ける気持ちなのだと、私は考えています。
プロジェクト体制
事業主・企画 株式会社DE
運営会社 南房企画株式会社
プロジェクトマネジメント 株式会社S・CAPE CONSULTING
統括設計 アラキ+ササキアーキテクツ
設計 MARCH AND STORE
設計完了 2024年7月
事業撤退 2025年10月


