
「つくる時のCO₂」という新しい物差し——ライフサイクルカーボン制度の検討が進むなか、素材と寿命をどう選ぶか
これからの家づくりでは、省エネ性能に加えて、建てる時と壊す時のCO₂も含めた「ライフサイクルカーボン」が判断材料になります。国の制度はまず大規模建築から始まる見込みで、戸建住宅にすぐ義務が及ぶわけではありません。それでも素材の選び方と、建物を長く使える設計は、施主がいまから考えておけるテーマです。
- ◆ライフサイクルカーボンは、資材製造から施工・使用・修繕・解体まで、建物の一生で出るCO₂を通算して見る物差しです。国交省推計では、国内CO₂の約42.0%(2019年時点)を建築物が占めます。
- ◆制度は2028年度を目途に開始予定で、第1段階は延べ面積5,000㎡以上の事務所ビルが対象になる方向です。ただし、建築士・建設業者による施主への説明は努力義務とされています。
- ◆素材比較は「木造なら常に低炭素」と単純化できません。評価の境界・前提・単位をそろえて比べることが大切です。
- ◆可変性・メンテナンス性・構造の耐久性を高めて建物を長く使うことが、つくる時のCO₂を活かす鍵になります。
- ◆数字は目安として扱いましょう。光や素材の手触りなど、長く住み継ぎたくなる体験の設計と両立させる視点が欠かせません。
例えば、週末の打ち合わせ室でこんな場面を思い浮かべてみてください(説明のための仮の場面です)。テーブルには杉の端材と、灰色のコンクリート片、断熱材のサンプルが並んでいます。断熱等級の説明がひと段落したところで、施主がサンプルを手に取って尋ねます。「この家は、建てるときにどれくらいCO₂を出すんでしょう」。省エネの次に来る問いは、こうした形で打ち合わせに出てくるかもしれません。
この記事では、建物の一生で出るCO₂を通して見る「ライフサイクルカーボン」の基本と、国の制度がどこまで進んでいるかを整理します。そのうえで、注文住宅の施主が素材と寿命をどう考えればよいか、設計の打ち合わせで確認したい問いをお伝えします。制度に関する記述は、2026年10月14日時点で確認できた資料に基づいています。
省エネの次に問われる「つくる時のCO₂」とは——ライフサイクルカーボンの基本
ライフサイクルカーボン(LCCO₂)は、建物の一生で出るCO₂を通算して見る考え方です。対象は資材の製造、施工、使用、維持修繕、解体までを含みます。国土交通省は、使用時の省エネに加えて、建築から解体までの排出も算定・評価を促す必要があるとして、建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会を設けました。
ライフサイクルカーボンは、大きく二つに分かれます。
- オペレーショナルカーボン:暮らしている間の冷暖房・給湯・照明など、光熱水の使用に伴う排出
- エンボディドカーボン:資材の製造、施工、修繕、解体などに伴う排出。このうち資材製造から施工までの排出をアップフロントカーボンと呼びます
現行の建築物省エネ法が規制しているのは、このうち使用段階の省エネです。2025年4月からは、原則すべての新築住宅・非住宅に省エネ基準への適合が義務付けられました(国交省 資料)。ライフサイクルカーボンは、その次の物差しとして位置づけられています。
規模感もつかんでおきましょう。国交省の資料は、国内CO₂排出量(2019年時点・エネルギー起源CO₂、11.08億t)のうち、建築物のライフサイクルカーボンが「約4割(42.0%)」を占めると推計しています。図では建築物の使用(運用)が31.8%、資材製造・施工・改修等が9.8%とされています(国交省 検討会資料「建築物のライフサイクルカーボンの削減に向けた制度のあり方」)。内訳2項目を足すと41.6%で、42.0%とは一致しません。区分の詳細は資料の図表でご確認ください。なお、これは国内の年間排出量に占める部門別の推計です。建物1棟の生涯排出の内訳とは別のものです。
国の制度検討はどこまで進んでいるか——2028年度開始に向けた論点整理
先に結論をお伝えします。改正建築物省エネ法は2026年7月に成立し、建築物ライフサイクルカーボン評価制度が創設されました。国交省は「大規模事務所に係る届出制度等の2028年度開始」に向けて制度設計を進めています(国交省 報道発表資料)。ただし、2028年度は政策上の開始目標です。法律上の施行期日とは分けて考える必要があります。届出対象となる具体的な用途・規模は、本記事で確認した国交省の一次資料では確定値として示されていません。一般的な戸建住宅への算定・届出義務についても、確認した資料には導入時期の記載がありません。

検討会から法案へ
2025年4月、関係省庁連絡会議が基本構想をまとめ、2028年度を目途に建築物LCA(ライフサイクルアセスメント)を促す制度を始める方針を示しました。同年6月には、伊香賀俊治・慶応義塾大学名誉教授を座長とする検討会が発足しています。2026年1月28日には中間とりまとめが公表されました(国交省 検討会ページ)。
中間とりまとめの基本姿勢は、日本型の「ステップ・バイ・ステップ」です。第1ステップでは、LCCO₂の評価と自主的な削減が一般に行われる環境を整えます。排出量の削減措置は、第2ステップ以降で検討するとしています(中間とりまとめ(案))。同じ案では、評価・届出の対象として、例えば延べ面積5,000㎡以上の大規模事務所が挙げられています。ただし、これは検討段階の案です。成立した法律で確定した対象ではありません。
法律が定める枠組み
2026年3月27日、建築物省エネ法の改正法案が閣議決定されました。提出時の法案概要では、LCCO₂評価制度を設け、建築主・建築士・建設業者・建材等製造事業者の責務を努力義務として位置づけています。あわせて、国が算定・評価の指針を定めます。一定規模以上の特定用途建築物については、削減計画と評価結果の届出を義務化する内容です(国交省 報道発表資料、衆議院 法律案本文)。
国交省によれば、改正法は2026年7月に成立しています(国交省 報道発表資料)。一方、次の点は本記事の公開基準日時点で官報・e-Gov法令検索の原文と照合できていません。公布日、法律番号、施行期日、成立した法律が提出法案と同じ内容かどうか、そして各努力義務が具体的にどの行為を対象にするかです。詳細は、今後公表される官報・e-Gov法令検索・国交省の資料でご確認ください。
海外では、EUが2024年に建築物エネルギー性能指令を改正しました(指令(EU)2024/1275)。新築建築物のライフサイクルGWP(地球温暖化係数)は、算定したうえでエネルギー性能証明書で開示することになります。対象は、2028年1月から床面積1,000㎡超の新築、2030年1月からすべての新築です(欧州委員会)。指令は加盟国に対する義務で、各国の国内法を通じて適用されます(国交省 検討会参考資料)。面積の定義や適用除外などの詳細は、条文で確認が必要です。日本の制度はより段階的に進めるかたちですが、向かう方向は共通しています。
住宅のCO₂はどこで出るのか——建築時・使用時・解体時の内訳を見る
住宅1棟の段階別の内訳を見てみましょう。環境省の資料には、LCCM住宅(ライフサイクルカーボンマイナス住宅)の例として、段階別の割合が載っています。延床面積145.68㎡、供用期間60年として、LCAツールで試算したものです。運用段階は標準的な値、それ以外の段階はLCCM住宅の値を使っています。そのため、全国平均ではありません。各段階の排出の構成比を示したもので、太陽光発電などの創エネで差し引いた後の収支ではない点にも注意が必要です。それでも、どの段階に目を向けるべきかの手がかりになります。

この例で注目したいのは、改修7%と修繕5%を足すと、新築時の12%と概ね同程度になる点です(環境省「LCCM住宅の展開」)。建てた後の手入れのしやすさも、ライフサイクルカーボンを左右する要素だと読み取れます。また、断熱や設備の高性能化で使用時の排出が減っていけば、つくる時の排出は相対的に大きな割合を占めるようになると考えられます。
素材で何が変わるか——木・鉄・コンクリート・断熱材を比べる視点
素材の話になると「木造なら低炭素、RC造は不利」と単純にまとめられがちです。実際の比較は、それほど単純ではありません。東京都の資料では、床面積あたりのCO₂排出量の試算で、木造が非木造を下回っています(東京都 脱炭素ポータル「木材活用におけるCO₂排出量削減と炭素貯蔵効果」)。ただし、算定範囲や建物条件の詳細は本記事では確認できていません。非木造の構成や規模が違えば、構造材料そのものの優劣を示す比較とは言えない点に注意が必要です。
同じ資料は、住宅1戸あたりの炭素貯蔵量(単位は炭素トン)も試算しており、木造住宅が鉄骨プレハブ住宅や鉄筋コンクリート住宅を上回るとしています。木は、成長の過程で取り込んだ炭素を建物の中にとどめておけます。ただし、炭素トンはCO₂トンとは単位が異なります。また、貯蔵量はそのまま排出削減量になるわけではありません。解体後に再利用されるか、焼却されるかで、その意味も変わります。
国交省の検討会資料も、構造種別・高さ・用途・地盤などの条件ごとに算定事例を積み重ねる方針を示しています(国交省 検討会資料)。素材を比べるときは、次の三点をそろえて見ることが大切です。
- 評価の境界:製造から施工までか、解体・廃棄まで含めるか
- 前提条件:延床面積、地盤、耐用年数をどう置いているか
- 単位:床面積あたりか、1棟あたりか
断熱材や窓も、つくる時と使う時の両面から考えます。断熱を強化すると、資材が増える分つくる時の排出は増える一方で、暮らしている間の排出は減る方向に働きます。ただし、その収支は材料の種類、地域、設備、住まい方によって変わります。窓のガラスやアルミサッシは、採光や眺望という設計の喜びと直結する部分です。窓は断熱、日射の取り込み、日射の遮蔽、眺望をあわせて検討し、大きさと仕様を選ぶことが大切です。建材ごとのCO₂原単位については、国の審議会答申が、原単位の算定ルールづくりや、EPD(環境製品宣言)・第三者レビュー付きCFPの整備を国が支援することを検討すべきだとしています(国交省 第四次答申)。ここでいうEPDの取得や表示は、法律上の義務ではありません。比較できる材料は、今後少しずつ増えていくでしょう。
素材の選択はコストにも直結します。木を構造に見せるか内装に限るか、どこに上質な素材を集中させるか。こうした判断は予算配分そのものです。資材価格の動向は、建築費を押し上げる資材・人手・性能基準の三つの要因もあわせてご覧ください。
長く使うほど効いてくる——寿命を延ばす設計(可変性・メンテナンス性・構造)
つくる時のCO₂を使用年数で割れば、建物を長く使うほど1年あたりの初期排出は小さくなります。ただし、長く使えば修繕・更新や使用時の排出も続きます。生涯の総排出量が減るかどうかは、建て替えを避けられる効果も含め、共通の条件で評価しなければ判断できません。環境省が示すLCCM住宅の考え方でも、使用時の削減と資材製造・建設時の削減に加え、建築物の長寿命化が柱の一つに挙げられています(環境省「LCCM住宅の展開」)。寿命を延ばす設計は、次の三つの層で考えると整理しやすくなります。
可変性——余白を残す
子どもの成長、在宅ワーク、親との同居。家族の形は数十年のあいだに何度も変わります。間仕切り壁を構造から切り離しておく。将来二つに分けられる広い部屋をつくっておく。こうした「余白」があれば、建て替えずに住み続けられる可能性が広がります。図面上ではただの空白に見える場所が、20年後の暮らしを受け止める器になります。
メンテナンス性——手が届くこと
配管や配線を点検・更新できる経路を確保すること。外壁や屋根を、部分的に補修できる素材と納まりにすること。どちらも目立たない工夫ですが、修繕のたびに大きく壊す必要がなくなります。屋根は、太陽光パネルの設置や雨仕舞いと合わせて長い目で考えたい部位です。詳しくは太陽光義務化と屋根の意匠を両立させる設計判断でも触れています。
構造——骨格を長持ちさせる
耐震性と耐久性を備えた骨格は、内装や設備を入れ替えながら使い続ける前提になります。構造の余力、劣化しにくい部材の選定、湿気を逃がす設計。いずれも完成写真には写りませんが、建物の寿命を静かに決めていきます。
規格住宅でも自由設計でも、確認すべき点は同じです。可変性、点検・更新の経路、維持管理計画を一つずつ確かめることが、寿命を延ばす設計につながります。
設計の打ち合わせで確認したい5つの問い
一般的な戸建住宅への算定・届出義務について、本記事で確認した資料には導入時期の記載がありません。それでも、設計者との対話でこの視点を共有しておくと、素材選定や予算配分の判断に一本の軸が通ります。打ち合わせで投げかけてみたい問いを五つ挙げます。
- 構造と主要な素材を、なぜ選んだのか——意匠・性能・コストに加え、CO₂の観点ではどう考えたか
- つくる時と使う時、どちらを優先するか——断熱の厚さや設備の仕様を、どう釣り合わせたか
- 30年後、50年後に何を取り替える想定か——設備・内装・外装の更新サイクルと、その手間
- 間取りの変更にどこまで対応できるか——撤去できる壁と、動かせない壁の区別
- ライフサイクルカーボンを概算できるか——算定ツールを使った目安を示してもらえるか
五つ目の算定ツールについては、住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)が2024年10月31日にJ-CAT正式版を公開しています(国交省 報道発表資料、環境省資料)。初期の相談では、概算の考え方を説明してもらうだけでも判断の解像度は上がります。ただし、対外的な表示や仕様の詳細な比較には、目的に応じた精度と共通の算定条件が必要です。こうした問いをもとに整理したい方は、無料相談でお話をうかがうこともできます。
数字に振り回されないために——LCAの限界と暮らしの質のバランス
LCAは有力な物差しですが、万能ではありません。中間とりまとめ(案)も、初期は簡易な算定方法を整えて参加しやすくすること、厳密さを追求しすぎて社会的コストが過大にならないよう留意することを明記しています(国交省 中間とりまとめ(案))。数字はあくまで前提の上に成り立つ目安です。
床面積あたりで優れた数字が出ても、必要以上に大きな家なら総量は増えます。数字の小ささより、ちょうどよい大きさで、長く愛される家であることのほうが効いてくる場面もあります。
朝の光が差し込む位置、素足に触れる床の温度、経年で深みを増す無垢材の色。こうした図面からは見えない体験は、住まい手が家を手入れしながら長く使う動機になり得ます。愛着そのものは算定できる排出削減とは別ですが、ライフサイクルカーボンは暮らしの質と対立するものではありません。長く住み継ぐ家を考えるための、もう一本の補助線です。
制度の詳細は、今後公表される省令や指針で具体化していきます。最新の情報は国交省やe-Gov法令検索でご確認ください。そのうえで、素材と寿命をどう考えるかは、設計者と一緒に家族の時間軸から逆算してみてください。
監修:斉藤 大輔(株式会社S・CAPE CONSULTING 代表取締役・一級建築士)
よくある質問
- Q. 戸建の注文住宅にも、ライフサイクルカーボンの算定義務がかかりますか?
- 中間とりまとめや報道で示された方向では、2028年度開始の第1段階は延べ面積5,000㎡以上の大規模事務所ビルが対象です。一般的な戸建住宅が初期の義務対象になるとは示されていません。ただし、建築士や建設業者が施主に削減に役立つ事項を説明する努力義務が設けられる方向のため、打ち合わせで話題になる機会は増える可能性があります。施行日や対象の詳細は、国交省やe-Gov法令検索で最新情報をご確認ください。
- Q. 木造を選べば、必ず低炭素な家になりますか?
- 東京都の試算では、床面積あたりのCO₂排出量は木造が非木造を下回り、炭素貯蔵量も木造住宅が大きいとされています。ただし、評価にどの段階まで含めるか、解体後の木材を再利用するか焼却するか、延床面積や耐用年数をどう置くかで結果は変わります。構造種別だけで判断せず、建物の大きさや寿命まで含めて考えることをおすすめします。
- Q. 設計者に、どこまでライフサイクルカーボンの検討を頼めばよいですか?
- 住宅では、精緻な算定よりも判断の軸を共有することが現実的です。構造や主要な素材を選んだ理由、断熱と設備の釣り合い、将来の更新や間取り変更への対応を確認するのがよいでしょう。必要に応じて、公開されている算定ツール(J-CATなど)を使った概算の考え方を説明してもらう、という頼み方が取り入れやすいと思います。
参考資料
- 建築費は上昇基調——資材・人手・性能基準という三つの要因を着工前にどう読むか
- 屋根が背負うもの——太陽光義務化から1年半、意匠と発電効率を両立させる設計判断
- 建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会(国土交通省)
- 建築物省エネ法改正法案を閣議決定(国土交通省 報道発表資料)
- 建築物のライフサイクルカーボンの削減に向けた制度のあり方 中間とりまとめ(案)(国土交通省)
- 建築物のライフサイクルカーボンの削減に向けた制度のあり方(国土交通省 検討会資料)
- 建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会資料(国土交通省)
- 建築物のライフサイクルカーボン削減に向けた施策の動向(環境省)
- LCCM住宅の展開~LCCM住宅の基本的考え方~(環境省)
- 木材活用におけるCO2排出量削減と炭素貯蔵効果(東京都 脱炭素ポータルサイト)






