
老朽化ビルの内装は、誰が判断するのか——区分所有法改正が変える、テナントビル再生の意思決定
2026年4月1日、改正区分所有法が施行されます。修繕など処分を伴わない事項の普通決議が「出席者を分母」とする方式に変わり、老朽化した区分所有ビルの内装再生は動かしやすくなります。本稿では、法改正の要点と、テナント誘致を見据えた内装計画・工事区分・法規手続の実務を、設計監理の視点から整理します。
- ◆2026年4月1日施行の改正区分所有法(令和7年法律第47号)で、修繕など処分を伴わない事項の普通決議が「出席者を分母」とする方式に変わり、共用部改修の合意形成が進めやすくなる
- ◆建替え決議は各5分の4以上を維持しつつ、耐震不足等の客観的事由がある類型は各4分の3に緩和。所在等不明者を裁判所の決定で分母から除外する制度も新設された
- ◆老朽化ビルの内装再生は、共用部(管理組合)・専有部(区分所有者)・区画内(テナント)の三層で判断主体が分かれる。工事区分表の作り直しが再生の起点になる
- ◆用途変更・消防・バリアフリー法規の確認は計画初期に。逆算スケジュールは内見開始日ではなく法手続の確定日から引くのが安全
- ◆住宅金融支援機構法の改正で、2026年4月以降は一棟リノベーション工事費用・除却費用への融資が加わり、再生の資金計画の選択肢が広がる
築40年の雑居ビル。エレベーターホールの照明はまだ蛍光灯で、共用トイレは各階に一つ。三階の区画が半年空いたままで、内見に来た飲食事業者は「厨房の排気ルートが取れるか分からない」と言って帰っていきました。オーナーは改修したい。けれど、フロアごとに所有者が違う。誰が、何を、どこまで決められるのか——その問いの前で、話はいつも止まってきました。
2026年4月1日、その前提が変わります。この記事では、改正区分所有法と「マンションの再生等の円滑化に関する法律」の要点を確認したうえで、老朽化ビルの内装再生を「誰が、どの順番で判断するのか」を、工事区分・内装監理・法規手続まで含めて整理します。
2026年4月の法改正で何が変わるのか——区分所有法と老朽化マンション対策法の要点
2025年5月23日に成立し5月30日に公布された「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第47号)は、2026年4月1日に本体が施行されます。区分所有法・被災区分所有法・マンション管理適正化法・建替え等円滑化法が一体で改められた、大きな改正です(国土交通省「住宅:マンション関係法令」、法務省「区分所有法制の見直し」)。
国土交通省は改正の背景として、建物の老朽化と区分所有者の高齢化という「2つの老い」を挙げています。新築から再生までのライフサイクル全体を見通し、管理と再生を円滑にすることが目的とされています。名称に「マンション」とありますが、区分所有法自体は住宅に限らず、区分所有された事務所ビル・店舗ビルにも及ぶ一般法です。
実務上のインパクトが大きいのは、決議要件の見直しです。修繕など区分所有権の処分を伴わない事項について、従来の「全区分所有者を分母とする決議」から「集会に出席した区分所有者を分母とする決議」へ変更されました(国土交通省 改正概要資料)。あわせて、所在等不明の区分所有者を裁判所の決定を経て集会決議の母数から除外できる制度も新設されています(法務省 改正法資料)。

建替え決議は区分所有者及び議決権の各5分の4以上という要件が維持されつつ、客観的な事由がある類型では各4分の3に緩和されました。法務省資料では、その事由として①耐震性の不足、②火災に対する安全性の不足、③外壁等の剝落により周辺に危害を生ずるおそれ、④給排水管等の腐食等により著しく衛生上有害となるおそれ、⑤バリアフリー基準への不適合、の5類型が挙げられています(法務省 改正の概要)。さらにマンション建替え円滑化法は「マンションの再生等の円滑化に関する法律」に改称され、再生・売却・除却の3事業へ再編されています(国土交通省「マンションの再生等について」)。
「出席した所有者のみを分母とする普通決議」がテナント誘致に与える影響
区分所有ビルの共用部改修が進まない理由として、設計監理の現場でしばしば見てきたのは、明確な反対よりも「無関心」でした。総会に出席せず委任状も返らない所有者が一定数いると、全区分所有者を分母とする普通決議は、その時点で成立しにくくなります。相続で所有者が遠方に散った築古ビルほど、この傾向は強くなりがちです。
2026年4月1日以降、普通決議は、区分所有法または規約に別段の定めがない限り、集会に出席した区分所有者及びその議決権の各過半数で決する方式に改まります(改正後の区分所有法第39条第1項。条文と解説は法務省の改正法解説ページ)。ただし、共用部の工事がすべて普通決議で決まるわけではありません。修繕・保存行為や「形状又は効用の著しい変更を伴わない」軽微変更は普通決議で足りる一方、著しい変更を伴う共用部分の変更は各4分の3以上(規約で2分の1超まで引下げ可能)が必要で、バリアフリー化に伴う共用部分の変更など要件が緩和される類型もあります。エントランスの床・壁の仕上げ更新や既存サインの同位置・同規模での取り替えは軽微変更にとどまる可能性が高く、風除室や開口部の新設、共用廊下の形状を変える工事は重大変更として扱われ得ます。工事ごとに決議要件を確認することが前提ですが、「テナントが最初に見る場所」の更新スピードは上げやすくなります。
内見で契約可否を左右するのは、区画の中よりも、エントランスから区画の扉までの数十秒であることが少なくありません。共用部が決められない建物は、区画をいくら磨いても評価が上がりにくい——設計監理の現場で繰り返し感じてきたことです。
ただし、決議が通りやすくなることは、意思決定が軽くなることと同義ではありません。出席者のみで決めた改修が、後から欠席者の不満を呼ぶ場面も想定されます。国土交通省は2025年(令和7年)10月17日、改正法を踏まえてマンション標準管理規約(単棟型・団地型・複合用途型)を改正し、各管理組合に管理規約の見直しを求めています(国土交通省 報道発表(令和7年10月17日))。標準管理規約はあくまでひな型であり、各建物に自動的に適用されるものではありません。実際の規約変更には各組合での決議が必要で、国土交通省は特に2026年4月1日以降に総会の招集手続を行う場合、改正区分所有法の定足数・決議要件を満たす必要があるとしています(国土交通省「マンション標準管理規約」)。店舗・事務所を含む複合用途型の規約は、テナントビル再生を考える際の参考になります。
老朽化ビルの内装再生、誰が判断するのか——所有者・管理組合・テナント間の意思決定
老朽化ビルの内装再生は、「一つの決裁」では動きません。実務ではまず、建物の部分を専有部分・共用部分・規約共用部分・専用使用部分に切り分けるところから始まります。区分所有法2条の定義上、躯体や柱・床スラブ、パイプスペースを通る配線配管などの設備幹線は共用部分に当たることが多く、区分所有者が単独で判断できるとは限りません。共用部分の変更は集会の決議事項であり(専有部分の使用に特別の影響を及ぼす場合は当該区分所有者の承諾も必要です)、区画内の内装仕上げと什器はテナントの判断領域になります。とくに飲食店化に伴う排気・給排水・防災設備は共用部分の利用や管理組合の承認が絡みやすいため、最終的な管理権限者は当該建物の管理規約の別表と設備系統図に照らして確認することが前提です。
判断の順番を間違えないための整理
現況調査:既存図面の有無、検査済証、耐震性、既存不適格の状況を確認する
方針決議:共用部をどこまで更新するか(原状回復か、バリューアップか)を所有者間で合意する
区分の確定:共用部・専有部・テナント負担の線引きを、工事区分として文書化する
法手続:用途変更、消防、バリアフリーなど、必要な届出・確認申請を洗い出す
募集条件:内装費の負担割合・フリーレント・原状回復条件を決め、募集要項に落とす

順番を飛ばすと、後戻りのコストが跳ね上がります。とくに多いのが、テナントが決まってから用途変更の要否に気づくケースです。開業日が決まった後に法手続が発覚すると、確認申請の要否、消防同意や事前協議、是正工事の有無によって、数週間から数か月以上のずれが生じることがあります。逆算スケジュールは、内見開始日ではなく法手続の確定日から引くのが安全です。
内装計画の現場から見える、迅速化する合意形成と実務の課題
A/B/C工事区分を正しく理解する
テナント内装の実務で最初に確認すべきは、工事区分です。A・B・C工事という呼称は法令上の定義ではなく賃貸借実務の慣行で、一般には、A工事は貸主が発注・費用負担する建物本体(躯体・共用設備)、B工事は借主の要望で行うが貸主指定業者が施工し費用は借主負担(空調・防災・給排水など建物性能に関わる部分)、C工事は借主が業者を選び発注・負担する内装仕上げや什器を指すとされます。呼称も範囲も契約ごとに異なるため、必ず賃貸借契約書と工事区分表で確認します。
老朽化ビルでは、この線引きが曖昧なまま長年運用されてきた例が目立ちます。改修で共用設備を更新するタイミングは、工事区分表を作り直す好機です。区分が明文化された建物は、テナントにとって見積りの読みやすい物件になります。
内装監理はなぜ必要か
B工事は貸主指定業者の見積りになるため、借主に比較検討の余地が乏しく、金額の妥当性が判断しにくい領域です。設計事務所が第三者として入り、仕様と数量を整理したうえで貸主・借主・施工者の間に立つ——これが内装監理の役割です。図面と工事区分表を突き合わせ、どの工事が誰の負担かを工事前に確定させておくことで、追加費用と工期遅延の芽を減らせます。
用途変更・消防・バリアフリー法規の基本
建築基準法:事務所を飲食店や物販店へ転用する場合、変更後の用途が法別表第一(い)欄の特殊建築物に当たり、用途変更に係る部分の床面積が200㎡を超えるときは確認申請が必要です(法87条1項。政令で指定する類似の用途相互間の変更は除かれます)。条文はe-Gov法令検索「建築基準法」、取扱いの例は新宿区「用途変更について」で確認できます。なお内装制限は消防法ではなく建築基準法第35条の2および同法施行令の規定で、用途・規模・階に応じて求められます。
消防法:防火対象物の用途区分(消防法施行令別表第一)が変わると、自動火災報知設備や誘導灯などの消防用設備等の設置基準も変わります。
その他:既存不適格の建物では、改修の範囲によって現行基準への適合が求められる部分が生じます。バリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)や自治体の福祉のまちづくり条例も、規模・用途に応じて適用されます。個別の適否は特定行政庁・消防署への事前相談が前提であり、計画初期に専門家を交えて確認することをおすすめします。
資金調達という新しい選択肢
住宅金融支援機構法も改正され、2026年4月1日以降、マンションの一棟リノベーション工事への融資と取壊し(除却)費用への融資が機構の業務に加わります。管理組合向けの共用部分リフォーム融資(マンションすまい・る融資)や、区分所有法上の各種決議を要件とするまちづくり融資(長期事業資金)とあわせて、再生の資金計画は組み立てやすくなります。要件は制度ごとに異なるため、決議の設計段階から融資要件を確認しておくと手戻りがありません。
市場データと近年の再生動向から見る、内装投資のポイント
ストックの状況を見ておきます。日本不動産研究所「全国オフィスビル調査(2023年1月現在)」によれば、新耐震基準以前(1981年以前)に竣工したオフィスビルは全都市計で2,966万㎡・2,806棟、ストック全体の22%を占めます。またザイマックス不動産総合研究所「オフィスピラミッド2025 東京23区・大阪市」(2025年1月15日公表)によれば、延床面積300坪以上の主用途オフィスビルを対象とした2025年末時点の東京23区のストック(賃貸面積ベース)の平均築年数は34.6年、中小規模ビル(延床300坪以上5,000坪未満)は35.3年、大規模ビル(同5,000坪以上)は25.8年で、中小規模ビルの高経年化が進んでいます。

近年は建て替えではなくリノベーションでバリューアップを図る動きが増えています。既存躯体の個性を残しつつ用途を組み替える手法は、工期と投資額の両面で現実的な選択肢になり得ます。日本ビルヂング協会連合会・東京ビルヂング協会が公表するビル実態調査のまとめ(2024年度)では、テナントニーズの動向がDI値で継続的に把握されており、投資判断の前に一読しておく価値があります。
デザインと集客の関係
内装デザインは意匠の問題であると同時に、募集条件の問題です。ファサードと共用部が更新されている建物は、区画の賃料交渉で説明のしやすい材料を持ちやすい、というのが現場での実感です。逆に、区画内だけを新しくしても、外観と共用部が古いままでは印象が上書きされにくくなります。改修予算をテナントの動線に沿って「最初に触れる順」に配分するのは検討上の一つの視点であり、実際の投資判断には、対象物件の賃料査定・空室率・改修費の回収試算が欠かせません。
働く場としての魅力が採用や定着に結びつくという視点は、オフィス系テナントの誘致でも重要になっています。この論点はオフィス回帰時代の内装計画と人的資本経営の関係で詳しく整理しています。また、ビルの立地評価そのものについては公示地価が示す地域差の広がりと土地の読み方もあわせてご覧ください。
雑居ビル・オフィスビルの再生、今後求められる建築家・デザイナーの役割
決議の要件が変わっても、提案する側が「なぜこの改修に投資するのか」を、賃料・稼働率・法適合・維持コストの資料で説明する必要がある点は変わりません。出席者の過半数で共用部改修が決まるからこそ、判断材料の整備が先に来ます。
設計者に求められるのは、意匠の提案に加えて、(1)既存建物の法適合状況の読み解き(検査済証の有無、既存不適格の範囲、用途変更確認の要否)、(2)工事区分の設計と文書化、(3)決議・融資・工期を通した全体スケジュールの組み立て、という三つの調整だと考えています。とくに区分所有ビルでは、所有者ごとに投資回収の期待値が異なるため、選択肢を複数用意して比較できる形にすることが合意形成の近道になります。
また、再生投資の前提としてハザードや事業継続性の確認も欠かせません。立地リスクの読み方については浸水想定区域の内外をどう読むかを整理した記事が参考になります。老朽化ビルの内装再生を検討されている方は、現況図面と賃貸借契約書をお持ちいただければ、判断の順番から一緒に整理できます。ご相談は[無料相談](/contact)からどうぞ。
よくある質問
Q. 区分所有法の改正は、住宅マンション以外のテナントビルにも適用されますか。
区分所有法は、住宅か事務所・店舗かを問わず、区分所有された建物に適用される一般法です。したがって区分所有形態のテナントビルにも決議ルールの改正は及びます。ただしマンション管理適正化法や標準管理規約はマンションを対象とする制度であり、適用関係は建物ごとに異なります。詳細は法務省の解説を確認のうえ、弁護士等の専門家にご相談ください。
Q. 施行日前に総会を開く場合、新しい決議ルールは使えますか。
本体施行は2026年4月1日で、それ以前の集会には従前の要件が適用されます。施行時期は事項ごとに分かれているため、決議の時期設計は国土交通省の関係法令ページで最新の施行政令を確認してください。
Q. 内装監理を設計事務所に依頼すると、費用は増えませんか。
監理費用は発生しますが、B工事の仕様・数量を整理して見積りの妥当性を検証し、工事区分の曖昧さによる追加費用や工期遅延を抑える役割があります。効果は建物と契約条件によって異なるため、費用対効果は個別に試算されることをおすすめします。
よくある質問
- Q. 区分所有法の改正は、住宅マンション以外のテナントビルにも適用されますか。
- 区分所有法は住宅・事務所・店舗を問わず区分所有建物に適用される一般法のため、区分所有形態のテナントビルにも決議ルールの改正は及びます。ただしマンション管理適正化法や標準管理規約はマンションを対象とする制度で、適用関係は建物ごとに異なります。詳細は法務省の解説を確認のうえ、専門家にご相談ください。
- Q. 施行日前に総会を開く場合、新しい決議ルールは使えますか。
- 本体施行は2026年4月1日です。地方公共団体の取組関係は2025年11月28日に先行施行、新築時の管理計画認定は2027年4月1日からとされ、施行時期が事項ごとに分かれています。決議時期の設計にあたっては、国土交通省の関係法令ページで最新の施行政令を確認してください。
- Q. 内装監理を設計事務所に依頼すると、費用は増えませんか。
- 監理費用は発生しますが、貸主指定業者が施工するB工事の仕様・数量を整理して見積りの妥当性を検証し、工事区分の曖昧さに起因する追加費用や工期遅延を抑える役割があります。効果は建物と契約条件によって異なるため、費用対効果は個別に試算されることをおすすめします。
参考資料
- 住宅:マンション関係法令 - 国土交通省
- 法務省:老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律について
- 住宅:マンションの再生等について - 国土交通省
- 全国オフィスビル調査(2023年1月現在)の調査結果 | 一般財団法人 日本不動産研究所
- マンションすまい・る融資(管理組合申込みの場合)| 住宅金融支援機構
- まちづくり融資(長期事業資金)| 住宅金融支援機構
- ビル実態調査のまとめ 2024年度 | 日本ビルヂング協会連合会・東京ビルヂング協会
- オフィス回帰時代の内装計画——「戻りたくなる」空間が人的資本経営の発信になり得る理由
- 公示地価が示す地域差の広がり——法規・地形・需要から土地を読む視点
- 「浸水想定区域外」を読む——令和8年8月千葉豪雨が土地探しに問いかけたこと


