
オフィス回帰時代の内装計画——「戻りたくなる」空間が人的資本経営の発信になり得る理由
出社率が7割を超え、オフィスは「席の集合」から「戻りたくなる理由」へと役割を変えつつあります。本稿では、人的資本情報の開示義務化という制度背景を踏まえ、生産性・モチベーション・帰属意識に効く設計要素、A/B/C工事区分と消防届出の実務、そして予算制約下での優先順位の付け方までを、設計監理の視点で整理します。
- ◆2025年7月時点の一般社員の全国出社率は72.2%(CBRE Japan)。出社は戻りつつある一方、経営層と社員の意識にはギャップがある
- ◆2023年1月施行の内閣府令改正で有価証券報告書等における人的資本情報の開示が義務化され、ワークプレイスは「社内環境整備方針」を可視化する投資対象になった
- ◆オフィス環境が生産性に影響すると感じる人は63.5%、モチベーション67.0%、帰属意識57.3%(イトーキ WORKPLACE DATA BOOK 2025)
- ◆テナント内装ではA/B/C工事区分の早期把握が予算管理の要。内装・間仕切り変更は工事開始7日前までに防火対象物工事等計画届出書の提出が必要
- ◆予算配分は「全員が毎日触れるか」×「後から変えやすいか」の2軸で判断し、照明・空調・配線・遮音といった骨格部分を優先する
金曜の夕方、まだ半分ほど灯りの残るフロア。数年前に導入した固定席は、今日も三割が空いたままです。「出社してほしい」と経営側は言い、「出社する意味がほしい」と社員は思っている——移転の稟議書を前に、施設担当者の手が止まる。そんな場面から、この記事は始まります。結論から言えば、いま問われているのは席数ではなく、「この場所に来ると仕事がはかどる」という体験を、設計としてどう仕込むかです。制度の背景、効く設計要素、工事区分と法規、そして予算の優先順位までを順に整理します。
出社回帰とオフィス内装——空間が語る企業ブランド
まず現在地の確認です。CBRE Japanの「オフィスの利用状況に関するテナント調査2025」では、2025年7月時点の一般社員の全国出社率は72.2%とされています。一方で同調査は、経営層が「毎日出社」を求めるのに対し、一般社員は世代を問わず出社頻度を減らしたい意向を持つという意識のギャップを指摘しています(CBRE Japan「オフィスの利用状況に関するテナント調査2025」)。
テレワーク側の数字も同じ方向を向いています。日本生産性本部「働く人の意識調査」では、2025年1月調査でテレワーク実施率が14.6%と過去最低を更新し(日本生産性本部「働く人の意識調査」2025年1月調査)、2025年7月調査でも16.8%にとどまりました(同2025年7月調査)。出社の頻度は戻りつつありますが、出社したい気持ちが自動的に戻るわけではありません。その差を埋める要因は評価制度・マネジメント・通勤条件など複数あり、内装計画もそのうちの一つの施策として位置づけられます。
CBRE調査によれば、オフィス戦略で重視される項目は従来の快適性・コスト・立地に加えて「人材採用の優位性」の重要度が高まっており、一般社員側では快適性・立地・空間のゆとり・BCP対応力が上位に挙がるとされています。オフィスは総務のコスト項目であると同時に、採用市場と社内の双方に向けた発信の場という性格を強めつつあります。
人的資本経営とワークプレイス——採用・定着への具体的な作用
この変化を後押ししているのが制度です。人的資本経営の議論の起点は、経済産業省が2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」で、2022年5月には「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。さらに2022年8月には内閣官房「非財務情報可視化研究会」が「人的資本可視化指針」をまとめ、育成・エンゲージメント・流動性・ダイバーシティ・健康安全などの分野にわたる開示事項が例示されています(内閣官房「人的資本可視化指針」(2022年8月)/同指針は2026年3月に改訂版が公表されています)。そして2023年1月、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、人材育成方針・社内環境整備方針といった人的資本に関する記載が求められることになりました。対象は上場企業一般ではなく、厳密には有価証券報告書提出会社です(金融庁「サステナビリティ情報の開示」)。
ここで重要なのは、「社内環境整備方針」という言葉です。ワークプレイスは、その方針を可視化しやすい投資対象のひとつと言えます。実際、イトーキ「WORKPLACE DATA BOOK 2025」を紹介するコラムでは、オフィス環境が生産性に影響すると感じる人が63.5%、帰属意識への影響を感じる人が57.3%と報告されています(イトーキ「出社回帰はなぜ進む?」WORKPLACE DATA BOOK 2025紹介コラム)。民間企業の自社調査であるため、調査対象・時期・設問文は原典で確認したうえで参照してください。
もっとも、意図と実態の間には距離があります。ザイマックス総研「大都市圏オフィス需要調査2025春」では、ワークプレイス戦略上の課題として「チームワークやコミュニケーションを活性化できていない」30.9%、「従業員のエンゲージメント向上に寄与できていない」29.7%、「ウェルビーイングなオフィスづくりができていない」25.8%が上位に挙がっています(ザイマックス総研「大都市圏オフィス需要調査2025春」)。方針は掲げられている一方で、空間側の対応はこれからという企業が少なくない状況が読み取れます。
「戻りたくなる」空間の3つの設計要素
設計の現場で、私たちが優先して検討するのは次の3点です。派手な意匠より先に、身体感覚に効く順で組み立てます。
1. 照度と光質——「作業のための明るさ」から「時間帯の設計」へ
一律の高照度で全面を照らす計画は、集中席にもラウンジにも同じ緊張感を強います。執務エリアはタスク・アンビエント(手元照明と環境照明の分担)で照度差をつくり、窓際は自然光を活かして昼光の変化を残す。会議室は顔色がよく映る演色性を確保する。照明は工事後の変更が難しい要素のため、レイアウト確定前に光の計画を固めておくと後戻りが減ります。確認事項は、天井への器具増設がB工事に該当しないか、既存照明の回路・調光方式を流用できるかの2点です。
2. コミュニケーション動線——偶発性は「通り道」に宿る
偶発的な会話は、専用の「交流スペース」を置くだけでは生まれにくいものです。エントランス・コピー機・給湯・階段といった必ず通る場所の近傍に、立ち止まれる幅と腰掛けられる高さを仕込むこと。動線の交点を設計することが実質的な施策になります。判断基準としては、主要動線上に滞留できる余白があるか、その滞留が近接する執務席の音環境を乱さないかを図面段階で確認します。
3. リフレッシュゾーン——回復の場所を、業務空間から切り離す
CBRE調査では、若年層はラウンジ・カフェ等の付帯設備や交流イベントへの関心が相対的に高いとされています。ポイントは面積よりも「視線と音が切れているか」。執務席から半歩離れ、PC画面から目を上げられる場所があると、集中を切り替えやすくなる可能性があります(設計実務上の経験則であり、生産性への効果を実証したものではありません)。素材や光の扱いについては、内装制限の緩和を踏まえた「木材あらわし」の考え方も参考になります。木質感はブランドイメージを伝える選択肢の一つですが、採用にあたっては内装制限や防火仕様、コストを物件ごとに確認する必要があります。
オフィス移転プロジェクトで押さえるべき監理ポイント
デザインが決まっても、工程と法規で躓けば開業日は動きます。テナント内装では、最初に確認すべきはA/B/C工事区分です。一般に、A工事は貸主が費用負担・施工する建物本体側の工事、B工事は借主負担でありながら建物の基幹設備に関わるため貸主指定業者が施工する工事(空調・防災・分電盤の増設など)、C工事は借主が業者を選定して費用負担する内装・什器などの工事を指します。区分は物件ごとに異なるため、内見段階で工事区分表を取り寄せ、B工事の範囲と概算を早期に把握することが、予算ブレを抑えるうえで重要な確認項目になります。
法規面では、消防への届出は根拠が自治体の火災予防条例にあり、名称・時期・対象工事が地域ごとに異なります。東京消防庁管内では、東京都火災予防条例に基づき、指定防火対象物等において建築基準法の確認申請等を要しない建築・修繕・模様替え・用途変更の工事等を行う者が、着手の7日前までに管轄消防署へ「防火対象物工事等計画届出書」を届け出る扱いで、天井に達しないローパーテーション等の設置は届出不要とされています(東京消防庁「防火対象物工事等計画届出書」)。他都市では、名古屋市は火災予防条例に基づく「防火対象物工事計画届」(名古屋市消防局)、横浜市は「防火対象物使用開始(変更)届出書」を使用開始の7日前までに提出する運用(横浜市)というように制度立てが異なります。全国一律の義務ではないため、必ず所轄消防署に名称・期限・対象工事を事前確認してください。
用途変更については、建築基準法第87条第1項により、用途を変更して床面積200㎡を超える法第6条第1項第一号の特殊建築物とする場合に確認申請(および工事完了の届出)が必要です。事務所は同号の特殊建築物ではないため、事務所への用途変更で確認申請が不要となるケースは多い一方、確認申請が不要な場合でも建築基準法の規定自体は適用され、用途地域(法第48条)への適合や、用途変更に伴って新たに適用される規定への適合、既存建物が適法に建築・維持されているかの確認が必要になります(福岡市「用途変更の取り扱い(建築基準法第87条)」/e-Gov法令検索 建築基準法)。地域の条例や既存不適格の有無で扱いが変わるため、特定行政庁への事前相談を前提としてください。

内装監理を設計事務所が担う意味は、この工程の「境界」を管理できる点にあります。貸主・ビル管理会社・指定業者・什器メーカー・情報システム部門と、責任の切れ目が多いのがテナント工事の特徴です。設計者が図面と工事区分表を照合し、見積の重複と漏れを潰す——地味ですが、費用対効果が高い監理項目の一つです。物件探しと設計を同じテーブルで進める考え方は、撮影スタジオを物件探しから設計したプロジェクトでも同じ構造で扱っています。
従業員体験(EX)を高める内装計画の比較視点
「他社事例のような空間にしたい」という要望は多くいただきます。ただ、事例をそのまま輸入しても機能しないのは、前提となる出社率と働き方が違うからです。ザイマックス総研「オフィス運用に関する実態調査」では、約3分の1の企業が自社オフィス利用を「最適化されていない」と認識し、自社ビル保有企業ではその割合が46.0%に上るとされています。同調査は、レイアウト設計の際に明確な基準を設けず、経験や感覚で決定している企業が多いことも指摘しています(ザイマックス総研「オフィス運用に関する実態調査」)。
比較の軸は「面積の配分」に置くと具体になります。固定席中心の従来型では執務席が面積の大半を占め、共用は会議室と給湯に限られます。対してEX重視型では、席の一部をフリーアドレス化して生まれた余白を、集中ブース・小規模会議・ラウンジへ再配分します。総面積を増やさずに体験を変える——これが現実的な着地点です。判断の前提として、実際の出社率と会議室稼働率を2〜4週間ログ取りすることをおすすめします。その際は、部署別・日別など個人を特定しない集計単位にとどめ、利用目的(座席計画の検討)を明示し、個人評価には用いないこと、社内規程や従業員への説明手続きを事前に確認することが前提です。
なお、境界を曖昧にして空間を連続させる設計思想については、領域を区切らない設計についての考察も併せてご覧ください。オフィスにおける「集中と交流の共存」は、住宅の設計課題と地続きのテーマです。
予算制約下でのプライオリティ設定——優先度マトリクスの使い方
スケルトン区画の内装工事費は、内装・電気・防災・空調のどこまでを含むか、物件のグレード、B工事の範囲、天井高や設備状況、さらに設計料・什器・原状回復費を含めるかで大きく変動します。坪単価の一般値だけで判断せず、条件をそろえた見積で比較することをおすすめします。金額の当たりを付けるより先に、どこに配分するかを決めるほうが結果を左右します。
私たちが用いるのは、「全員が毎日触れるか」×「後からやり直しやすいか」の2軸マトリクスです。全員が毎日触れ、かつ後から変えにくいもの——照明、空調吹出、電源・LAN配線、遮音——は最優先。逆に、一部の人が時々使い、後から変えられるもの——ソファやアート、装飾的な造作——は第二段階に回します。ただし、B工事に該当する設備は貸主側の工期に左右されるため、優先順位とは別に着手時期を早める必要があります。

この整理の利点は、削る判断が説明可能になることです。「今回はラウンジの家具を段階導入とし、その分を照明と遮音に配分した」——稟議で通る言葉になります。オフィスは一度つくって終わりではなく、運用しながら育てるもの。初期投資で押さえるべきは、後から手が入れられない骨格の部分です。移転や改装の初期段階で判断に迷われる場合は、無料相談で現状のプランを拝見しながら整理することもできます。
FAQ
Q. 出社率が読めない段階で、席数はどう決めればよいですか。
実測から始めるのが確実です。CBRE Japanの調査では2025年7月時点の一般社員の全国出社率は72.2%とされていますが、業種・職種で大きく異なります。入退館ログや会議室予約データを2〜4週間分、個人を特定しない集計単位で整理し、ピーク日の在席率をもとに固定席と共用席の比率を設計するとブレが小さくなります。取得・利用にあたっては、目的の明示と社内規程の確認を先に行ってください。
Q. B工事の見積が高く感じます。交渉の余地はありますか。
工事区分は賃貸借契約と工事区分表に基づくため、区分そのものの変更は容易ではありません。ただし、設計段階でB工事の範囲を減らす(既存設備を活かすレイアウトにする等)ことは可能です。契約前に工事区分表と指定業者の有無を確認し、設計者を交えて協議することをおすすめします。
Q. 消防への届出は誰が行うのですか。
実務上は施工者や設計者が代行することが一般的ですが、届出義務者・届出名称・提出期限・対象工事は自治体の火災予防条例と所轄の運用によって異なります。東京消防庁管内では、確認申請等を要しない工事等について着手の7日前までに「防火対象物工事等計画届出書」を提出する扱いですが、他都市では制度立てが異なるため、所轄消防署での事前相談をスケジュールに組み込んでおくと安全です。
よくある質問
- Q. 出社率が読めない段階で、オフィスの席数はどう決めればよいですか。
- 入退館ログや会議室予約データを2〜4週間分集計し、ピーク日の在席率をもとに固定席と共用席の比率を決める方法が現実的です。CBRE Japanの調査では2025年7月時点の一般社員の全国出社率は72.2%とされていますが、業種・職種による差が大きいため、自社の実測値を前提に設計することをおすすめします。
- Q. B工事の見積が想定より高くなりました。抑える方法はありますか。
- 工事区分は賃貸借契約と工事区分表に基づくため区分自体の変更は容易ではありませんが、既存の空調・防災設備を活かすレイアウトにするなど、設計段階でB工事の範囲を縮小する余地はあります。契約前に工事区分表と指定業者の有無を確認し、設計者を交えて協議することが有効です。
- Q. オフィスの内装工事で消防への届出は必要ですか。
- 内装工事や間仕切りの変更を行う場合、建築確認申請を要する工事に該当しないときは、工事開始の7日前までに防火対象物工事等計画届出書を管轄消防署へ提出する必要があります(東京消防庁)。運用は所轄により異なるため、設計段階での事前相談をスケジュールに組み込んでおくと安心です。


