青空を背景に広がる緑豊かな山林の木々の梢

鎌倉佐助のこの場所で、Crossing Sasukeがはじまった理由

「遠くの親戚より近くの他人」。 世界中で諺になっているこの言葉を聞くと、多様なはずのこの世界の人と人が、どこかほっとする共通の距離があることが示唆されているように思える。 オーナー鳥谷さん、プロジェクトマネジャーの斉藤さんに「Crossing Sasuke」が生まれる場所として、自然そのものの“山林”つきのこの土地が選ばれた理由を聞いて、その「ほっとする距離」に必要なものがわかってきた。 お話をうかがったのは

「遠くの親戚より近くの他人」。

世界中で諺になっているこの言葉を聞くと、多様なはずのこの世界の人と人が、どこかほっとする共通の距離があることが示唆されているように思える。

オーナー鳥谷さん、プロジェクトマネジャーの斉藤さんに「Crossing Sasuke」が生まれる場所として、自然そのものの“山林”つきのこの土地が選ばれた理由を聞いて、その「ほっとする距離」に必要なものがわかってきた。

お話をうかがったのは

手つかずの自然があるからこそ生まれる、豊かさの可能性

―「Crossing Sasuke」の敷地内には山林があるとのこと。具体的にはどういったものなのでしょうか?

斉藤さん

「Crossing Sasuke」の敷地の奥に、名前がついているわけではないのですが小さな山があり、その一部を利用できるようになっています。
共同住宅を建てる部分が約800㎡で、山林が約2600㎡。山林沿いの部分だけでなく、山の中までが「Crossing Sasuke」の敷地なんです。

鳥谷さん

最初は山林つきと知って驚きましたが、今ではこの山林こそ「Crossing Sasuke」になくてはならないものだったと思っています。
ただ綺麗に整型された宅地だけだったら、できることにも限界があったと思うんです。でもここには山があって、水の流れがあって、コミュニティの人たちで手を入れて山を豊かにしていくことができる。山林という、人の手でコントロールしきれないものがあるからこそ、いろいろな可能性が生まれます。

この山林沿いは条例上レッドゾーンといわれる土地で、土砂崩れに備えた設計をしなければなりませんが、これもレッドゾーンでなかったらギリギリまで建物を建てる計画をしてしまっていたかもしれない。山林を考慮してその敷地を空けたからこそ、菜園や住人の方の暮らしに合わせて変わっていく余白ができたと思っています。
この山林が、考えをダイナミックに変えてくれた気がしますね。本当にこの土地に出会えてよかったです。

斉藤さん

鎌倉には山林付きの土地がたくさんあるんです。でも管理が面倒だとか、あってもどうしたらいいか分からないという理由で持て余している宅地も多いです。「Crossing Sasuke」では、プロジェクトに「土中環境」の著者である高田造園の高田さんをお招きしていますから、定期的にワークショップみたいなことをしてもらいながら、地域課題として山の守り方も発信して、一緒に考えていけるといいなと考えています。

鳥谷さん

そうやって、住人の方だけでなく地域の方々もコミュニティに入っていけるようにはしたいと思っています。シニアの方が1人でいたら一緒にご飯ができるとか、お子さんたちが遊ぶとこがないって言ったら、いついつ解放してます、とか。まだ具体的には決まっていませんが、「Crossing Sasuke」をきっかけに地域のネットワークや助け合いが生まれていくような場にしていきたいです。

斉藤さん

高田造園さんだけでなく、鎌倉をよく知るキーマンもプロジェクトに入ってもらっていますし、すでにプロジェクト全体に多様な人がかかわっています。ですから鎌倉通の方でなくても、これが初めての鎌倉でも全く問題ありません。

木漏れ日の中で葉を広げるヤツデなどの植物と、倒木のある山林の様子

自然の循環を止めずに、人の豊かな暮らしをつくる建築

―山林があるという稀有な条件と、集合住宅としてはどう向き合っていらっしゃるのでしょうか。

斉藤さん

「Crossing Sasuke」では山林との間に菜園を設けているのですが、実は当初、建築的視点や条例からもそこには擁壁を建てなければならないと考えていたんです。
ただ、鎌倉の土着性でもある山林をコンクリートの擁壁で封じてつくられる景観に私はどうしても抵抗があって。建築手法で擁壁を擁壁っぽく見せないようにつくれないか?できればそういう選択をしていきましょうという話を、鳥谷さんとしていました。

鳥谷さん

そうですね、やはり「山林付き」ということが、私にとっては土地を購入するうえでもっとも大きい懸念事項でした。ですから、一番はじめに山林についての知識をつけることにしたんです。

そんな中で見つけたのが、高田造園の高田宏臣さんの『土中環境』という本。目には見えない土中の水や菌などの循環を止めてしまうことのリスクや、人暮らしと自然を分断して考えるのではなく、その循環の中に人の暮らしを築く技術について学ばせていただきました。
擁壁を建てることについても、それによって水の流れがせき止められ、山林の土砂崩れのリスクも上がることがわかり、「そういうことか」としくみを理解することができました。この『土中環境』の本は設計士の方たちも読んでくださって、今はチーム全体がこの土地の自然の循環と共生していくという考えで進めていますし、先程のワークショップのお話をはじめ、この本を執筆された里山保全専門家の高田造園さんにもこのプロジェクトにご協力いただけることになりました。

本来であれば擁壁を建ててしまえば、賃貸経営としても土地を広く使えて合理的かもしれませんね。
しかし「Crossing Sasuke」においては、やはり100年先も住人や地域の方に愛される場所であり続けてほしいですから、万が一のことがあっても住人の方の安全は守られるようにしながらも、自然の中に人の豊かな暮らしをつくることにこだわって計画を進めています。

斉藤さん

建築的視点でも、かなりゆとりをもってつくっています。
建ぺい率はこういった共同住宅であれば60%以上で、敷地をきつきつに使って建てるのがふつうですが、「Crossing Sasuke」では40%程度。そもそもここは邸宅地ということもあり、利回りを重視した賃貸住宅は建てられない土地だと思います。

鳥谷さん

たしかに、賃貸経営しようという考えで始まっていたら、「もう一部屋つくれませんか」と利益を意識したお話が主題になると思いますが、そうはならないですね。

私にとっては、これからの人生でお金が自分に入るということよりも、人とのつながりを生み出すほうが大事です。それ自身が私の資産だと考えているので、収益の差の数%がどうというより、お金には代え難い何かが生まれるか、というほうを考え尽くしています。とはいえ、この場所は100年続く場所にしたいので、収支もきちんと見ていますよ(笑)。

緑の葉に囲まれて咲く紫がかった青色の紫陽花の花

鎌倉の個性を継承する、建築的な挑戦

―自然の循環を活かす建築、とても興味深いです。具体的にどのような工夫をされているのでしょうか?

斉藤さん

まず「Crossing Sasuke」の設計統一コンセプトは「山とまちと人をつなげるランドスケープ 」です。
それをもう少し分解したキーワードをもとに設計を進めています。

▼「Crossing Sasuke」のコンセプトキーワード <図版的に入れたい>
#山林付き環境配慮型集合住宅
#山を守り人を守る
#コラボレーションデザイン
#新たな土着性
#山とまちと人をつなげるランドスケープ

高性能な断熱や高気密、創エネ、パッシブ建築的手法を通した環境配慮に加え、この土地は山が西日を遮ってくれるため、日当たりのよさも確保しています。

「Crossing Sasuke」では小規模な共同住宅では珍しく2つの建築事務所の共同設計というチームで設計をしているのですが、そのうちのひとつ久保都島建築設計事務所さんは、日の入り方や風の抜け方をビジュアライズして、どういう条件でどこに一番日が当たるのかを計算した設計が得意なんです。彼らとともに、まさに今各お部屋の日当たりや風の通りにこだわってレイアウトをつくっています。

もうひとつのアラキ+ササキアーキテクツさんは、人と人がどうその空間で交わって、コミュニティが発展していくかを考えた設計が得意です。当初はコンペのはずだったのですが、2社のプレゼンテーションはどちらもよかったし、「Crossing Sasuke」においては自然も人もどちらも必要だったので、共同設計という形になりました。

新たな土着性、というのも「Crossing Sasuke」の設計コンセプトキーワードですが、これは表層的な地域とのかかわり方や、原理主義的な土着性のどちらでもなく、その土地の歴史をリスペクトしながら、昔ながらの素材と現代技術をもって山と宅地をつなぐランドスケープを目指しています。

どの地域でもあり得るような経済合理性による最適解をこの鎌倉の土地にあてはめるのではなく、鎌倉の、この地域の個性をしっかりと継承したものになるよう、ソフト・ハード両方をこれからも考えていきます。

鳥谷さん

設計の方々だけではなくプロジェクトにかかわっている皆さんが、自分が暮らすぞというくらいの勢いで考えてくださっているのがとてもいいことだと思っています。
まだ決まっていない敷地の一部の用途としてヤギを飼おうという案が出たことも(笑)。

斉藤さん

いますり合わせているのは、住居1階の土間の部分の考え方ですね。
「今日は誰々さん家はカレー作ってる。うちもそうしよう」みたいに、お互いになんとなく様子がわかるくらいがいいなと思っていて。そういうものが会話やお互いを知るきっかけになったりもしますよね。だからこそ、あまりクローズドなエントランスやファサードにしたくないなとは思っています。
ただ、コミュニティの中で土間をどの程度オープンにするかはすり合わせが必要ですね。

鳥谷さん

本当は長屋で横に長く、みんな同じ形にしてしまえば楽だと思うのですが、「Crossing Sasuke」ではわざと互い違いみたいな動きのある配置にして、それぞれが間取りから違うようにしてもらっているんです。

斉藤さん

一つの建物なんですけど、それぞれ独立している形のイメージ。集合住宅というよりはビレッジをつくりたいですね。
鎌倉はマンションより戸建ての供給戸数のが圧倒的に多いので、先々ここから巣立ってもらう時はやはり戸建てにする方も多いと思うんです。引っ越した後も違和感なく住み続けられるように、全住戸がメゾネットで、ルーフバルコニーつきの住戸を4つつくっていたり、間取りの可変性、自由度を追求したり、ふつうの賃貸住宅にはない要素を取り入れています。

鳥谷さん

あとは、すべての住戸から圧倒的な緑が見えるようにしているんです。本当にどの向きのお部屋でも、自然の緑と空の風景を享受できますよ。
これは賃貸だからないのは当たり前だよね、ということではなくて、ここの暮らしでこういうものがあったらいいだろう、というものをなるべく入れたいと思っています。
フローリングもシート材じゃなくて突き板を使ったりも考えています。最終的にはコストとのバランスはあるんですが、なるべく戸建てや分譲に近い形にしていますね。

1000年前からあるこの場所に、100年後も続く豊かさを

―鎌倉というと観光地になるほど歴史のある場所ですが、鎌倉佐助のこのエリアに関してはどういったストーリーがあるのでしょうか?

鳥谷さん

鎌倉幕府の初代征夷大将軍である源頼朝ゆかりの地ですね。現地から北側に少し歩けば、出世稲荷とも呼ばれる「佐助稲荷神社」があります。
頼朝が若い時の名前が「兵衛佐」で佐殿と呼ばれていて、“佐殿を助けた神”で佐助稲荷となったそうです。
「Crossing Sasuke」の前の通りは頼朝の時代から、佐助稲荷神社への参道になっていたそうですし、敷地奥の山林についても、どこかに頼朝が使った裏道があるなんてエピソードもご近所の方から聞きましたね。

斉藤さん

鎌倉って、日常で目に入ってくる自然の量が圧倒的に多くて、緑だったり、空の青い色だったり、花の色だったり。おそらく意識していないところでリラックスというか、リフレッシュできている。都心にいるとやっぱりそういう瞬間は持ちにくいのですが、鎌倉でならそれができるんですよね。
そんな鎌倉で、「Crossing Sasuke」のテーマでもある「そこに住まう人・家族・地域の人々が共に助け合い、学び合い、刺激し合い、ほっとする場所」をつくることで、暮らす人の毎日が楽しくあってほしい。そういう豊かさが100年後も続くように、日々この土地と向き合っています。

鳥谷さん

そうですね。今の話を聞いて、やはり我々は人と人が豊かに生きる、という世界を実現しようとしているんだな、と改めて思いました。
懐かしい時代の暮らしにあった良かったところを、この時代に合わせて作っていく。
シニアで1人とか、子どもと夫がいるけどワンオペで必死に頑張っている人たちがうまく助け合って生きるとか、そういう社会に通じていったらいいなと思います。
都会の距離感と田舎の温かさの共存、みたいなイメージですね。

鎌倉に暮らす方々って、独特な、海外のような付かず離れずな距離感があるんです。
私のまわりの方々の表現を借りると、「ゆるい感じが楽なのよ」って、よく言っていますね。
変に個人のとこに入ってきたり噂話することはない都会的な距離感がありつつ、かと言ってそんなに放っとかない。「あそこ行くけどどう?」、「あっ、今日は行けない」という会話が普通に成立しているので、そんな距離感が「Crossing Sasuke」のコミュニティの中にも息づくといいな、と思っています。

だからこそ、「Crossing Sasuke」では一人一人が自立して、自分の世界もありながら、人と人がつながることで面白いことも生まれていく。助けてほしい時や一人でいたい時も、どちらも許容し合える、そういう世界が「ああ、ここにある意味だな」というのはすごく思いましたね。

追記|CROSSING SASUKEプロジェクトについて

本記事は、CROSSING SASUKEが実現に向けて歩んでいた2022年に制作したものです。

2024年1月、プロジェクトオーナーの鳥谷奈々子さんが逝去されました。謹んで哀悼の意を表します。同年3月、CROSSING SASUKEプロジェクトは事業撤退という判断に至り、計画は実現には至りませんでした。

一方で、このプロジェクトに向き合った時間は、私たちに大切な視点を残してくれました。

賃貸住宅は、単に住まいを提供するだけのものではなく、人と人、人と地域、そして自然とのつながりを穏やかに育む場になり得ること。互いの自立を尊重しながら、必要なときには支え合える「つかず離れず」の関係が、暮らしと地域の双方を豊かにするということです。

建物として完成することは叶いませんでしたが、鳥谷さんが大切にされていた「そこに住まう人・家族・地域の人々が共に助け合い、学び合い、刺激し合い、ほっとする場所」という考えは、今も私たちの中に息づいています。

本記事を、その想いと、関係者の皆さまと重ねた歩みの記録として公開いたします。CROSSING SASUKEを通じて得た学びを、これからの建築とまちづくりへ丁寧につないでまいります。

緑に囲まれた小道の先に続く朱色の鳥居と、その奥にある神社の社殿

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